
ミラーは25歳で初めてミュンヘン・オリンピックに出場して以来、カナダのあらゆる乗馬チームのメンバーに選ばれ続け「キャプテン・カナダ」の異名を取った。1987年にはパン・アメリカンゲームで、個人で金メダルを獲得した二人目のカナダ人となった。1986年にはオーダー・オブ・カナダ勲章を受章し、1996年にはスポーツの殿堂にも入っている。
だが10度のオリンピック選出においては、1972年ミュンヘン大会で団体6位、1976年モントリオール大会で団体5位、1980年モスクワ大会はボイコットのため不参加、1984年ロサンゼルス大会で団体4位・個人14位、1988年ソウル大会で団体4位・個人15位、1992年バルセロナ大会で団体9位・個人54位、1996年アトランタ大会で団体16位・個人46位、2000年シドニー大会で団体9位・個人13位、2004年アテネ大会で個人24位と、彼は一度もメダルを獲ることができなかった。

「妻が私に言ったことがある。『気にすることはないわ。あなたは遅咲きなのよ。次を頑張ればいいのよ。』それからどうなったと思う? ついに咲いたんだよ!」
その妻リンは、長い闘病の末に今年亡くなった。
「馬に乗ったとき、天使がいっしょに乗っていたんだ。今言えることはそれだけだ。」
ミラーは涙を浮かべながらそう語った。
オリンピック史上最高齢の金メダル獲得は、スウェーデンの射撃選手オスカー・スバーンの64歳258日で、史上最高齢のメダル獲得は、スバーンの72歳280日である。ミラーが2012年のロンドン・オリンピックで金メダルを獲得すれば、もちろん世界記録となる。
「私は、2012年にも出場しているだろうか? もちろんだ。馬は、すでに用意した」。
写真左:左からコーン、ミラー、ラメーズ、ヘンゼルウッド。
写真右:イアン・ミラー。