カーニー氏は、推薦人を13人集めたという。彼は1月16日エドモントンで、出馬を正式に表明した。
「カナダが世界最高の国なので、私はこうしている。だがカナダは、さらによくなりえる。」
2008年にカナダ銀行総裁になると、いきなりリーマン・ショックに襲われたが、カナダの銀行はアメリカと異なり一つも破綻しなかった。2013年にはイングランド銀行総裁に就任したが、今度はブレグジットに巻き込まれた。
「私は複数の危機管理を助け、2つの経済を守った。」
彼は首相になったら、カナダをG7で最も経済成長させると約束した。政治歴がないことについては、次のように述べた。
「私は政治に関しいつもの容疑者(usual suspect)ではないが、今はいつもの政治の時ではない。ピエール・ポワリエーブルのような、終身政治家のための時ではない。」
政治家への転身を考えたのは、世論調査でリードしていた保守党が「経済を理解していない誰か」に率いられていることに危機感を抱いたのが理由だという。彼は、ポワリエーブル党首はスローガンと中傷ばかりで、大きな経済を導くには必要なものを持っていないと批判した。
議員でなくても党首にはなれるが、議員でないと議場には入れないから、議員でない人が党首に当選したら、誰かが辞職して補選を行うのが普通だ。与党党首は首相で、野党第一党党首「影の首相」も公職で、党首討論を重んじる伝統から、この両者が補選に出るときは他党は選挙運動しないのが慣例だが、稀にガチンコの選挙もある。野党第二党以下の党首については、補選を行わず、議会の傍聴席に座ることがあり、発言や指示はできない。ターナー首相は就任9日後に議会を解散したため、議席を持たない唯一の首相で、連邦議会を召集しなかった(タッパー首相とキャンベル首相も連邦議会を召集しなかった)が、1984年総選挙に敗れて首相を退任した。彼はこのとき議員に当選している。なおアボット首相とボーウェル首相は上院議員だったので、下院に議席を持たなかった。
カーニー氏は、どの選挙区から出馬するかはまだ決めていないと語った。彼はここ40年間、アルバータに常時住んではいなかったと認めた。彼は事実上オタワ在住である。
ソフィ・シャテル議員は、カーニー氏を次のように評した。
「我が国がアメリカからの現実的な脅威に直面しているとき、我々にはマーク・カーニーのような人がいるという望みを、私は感じる。」
保守党のポワリエーブル党首は、カーニー氏を「経済過激派」「極左」と非難した。
「トルドー、フリーランドとカーニーの経済過激派は、彼らの過激なイデオロギーのため、パイプラインを妨害した。」
保守党は、カーニー氏を批判する動画をさっそく公表した。そこで彼を「炭素税カーニー」と評した。
フリーランド氏は20日のトランプ大統領就任を睨み、19日にトロントで出馬表明すると報じられている。彼女は推薦人を、15人集めたという。
マーク・ホランド厚生大臣はXで、フリーランド氏を絶賛した。
「トランプに対抗した。NAFTA(北米自由貿易協定)を再交渉した。プーチンに立ち向かった。」
だがウェイン・ロング議員は、大臣を唐突に辞任し、リーダーシップ危機をひき起こし、党首を辞任に追い込んだ彼女は、新しい党首として総選挙を率いるには、あまりにトルドー首相に近すぎたと懸念する。秋の経済声明を発表する当日に責任を投げ出し、予想より大きかった財政赤字の責任を問われることを回避し、予定の時刻を遅れてグールド院内総務に代読させた行動については、疑問視する人もいる。
カリナ・グールド下院院内総務も出馬の意向を表明しているが、推薦人はパム・ダモフ議員一人だけだという。チャンドラ・アーヤ議員、フランク・ベイリス元議員、ジェイム・バチスト議員は立候補を表明したが、推薦人はまだいないという。
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